イノベーションのロスタイム

新規事業創出に関わる30代中盤・元外資コンサルが、仕事とそれにからめた遊びの話をします。

キリンビールによる「おじさんのAV」パワハラ動画と、衰退するビール市場

先週くらいに一部話題になっていた以下のニュース。
 
おおまかな反応としては「パワハラ(説教に具体性がなく絞り上げるのみ)」「飲み会で仕事の話」といったものでした。
 
まず個人的な意見として、動画のキャプチャを見た限りでは「不快な飲み会だな」としか思いません。
私個人が、飲みながら業務の話をするのが嫌いというのもあります。「仕事論」自体は悪くないと思います。(語り方次第ですが・・・)
 
キャプチャで見る限り先輩の指摘も抽象的だし、なにより先輩から「後輩がうまくいかない理由を探す」「後輩のポテンシャルを引き出す」というコーチングの姿勢が見られないからです。
TVの尺の都合上、あまり長々と会話できないのもあると思いますが
それにしても見た者に配慮のない動画だなというのが第一印象です。
 
ではそんな炎上可能性の高い動画が世に出ることを、なぜキリンが許したのか・・というのがちょっとした違和感として残りました。

大企業がメディア上に出すイメージはコントロール下にある(一般的には)

この動画は「ガイアの夜明け」の一部だそうですが、
一般的に大企業がTVに数秒でも登場する場合にはマーケティングかまたはPR/広報のチェックが入ります。
 
何をチェックするかというと、以下のような点です。
「公知になっては行けない情報が出ていないか」
「ブランドを毀損するような編集になっていないか」
「新商品のPRに資する内容か」。。。などなど。
 
特に上場企業は、メディアに出る情報によって株価が大きく振れる以上
経営または販売や広報戦略と合致する、矛盾のないメディアコントロールが求められます。
 
意図しない炎上や、文春砲に代表される「すっぱ抜き記事」のような制御不能な情報が一定数ある以上、
自らコントロールできる部分には細心の注意を払っています。
社員が(社名を明示した形で)街頭インタビューで勝手に答えることすら許されません。
 
ということは、今回の動画は「キリンビールがチェックの上で出した」ものということになります。これが当初から感じていた違和感です。
 
「なぜキリンビールは、意図してあんな動画を世に出してしまったのか?」
「あの動画に込められた意図は何なのか?」
という問いかけになります。
 

あの動画の意図は、「おじさんのAV」として機能すること

あの動画のキモは何でしょうか。
「先輩社員が精神論で後輩社員をやりこめる」…そんな動画が、マーケティング上どんなターゲットに機能するのでしょうか。
当然「先輩社員」の方です。
正確に言えば、「先輩社員」のセンチメントを理解するターゲットと言っていいでしょう。
 
つまり、キリンビールにとっての上顧客は「先輩社員」に象徴されるセグメントであって
叱責される「後輩社員」ではない、ということです。
 
さらに先輩社員の言葉を見てみましょう。
 
「覚悟が足らん」
「できない、知らない、やだ……そんなやつにリーダーやってほしくない。だから厳しくしてる」
「お前どれだけやってるんや。やれや。できるやろ」

 まあ、言われたらその場で居酒屋立ち去るレベルですね笑。

でも実はよくできた台本なのではないか、という気すらします。
(実はあの先輩も「セリフを読まされていた」・・・?)
 
なぜなら、このセリフは「立場が上なら誰が言っても使える、汎用性の高い恫喝」だからです。
 
「成果が上がらないのは、お前がポテンシャルを発揮しきれていないからだ」(お前のほうに責任がある)
 
…このセリフ、先日のNHKの「インパール作戦」特集でも牟田口のセリフでありましたね。

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でもこの牟田口メソッド、大変万能なのです。
立場さえ上なら、何も知らなくても、何の分析も無くても有能な部下を叱り飛ばすことができる。
すなわち、TVを見た「先輩社員」に肩入れするすべての中高年男性(としておきます)が心の中で後輩を好き放題しかり飛ばしてすっきりできるように、あえて具体性が排除されている。
 
これってAVの設定に似てますよね。
視聴者の隠れた欲望を刺激できるよう、抽象化された設定で自分にも当てはまるかもしれないシチュエーションを作っているから。
 
ふだんは、やれコンプラだ、セクハラだ、パワハラだと言われて「ゆとり社員」とやらを叱り飛ばすことも難しい。
注意するにしても、しっかり上司側が「注意のファクト」「根拠」「成長方向性」などを考えながら、
一方的にではなく寄り添うようにして、聞き取るスタイルをとらなければならない(いや、当たり前のことなんですがね・・・)
 
「先輩社員」に代表されるおじさんは、面倒くせー時代になったなーと薄々思っている。
そこにこの動画。ものすごく一方的に、優位な若者をやり込める先輩社員の姿。
これで(精神的に)一発すっきりしてもらうことで、「溜飲を下げたスッキリ感」を「キリンビール」に重ね合わせることができる。
(⇒無意識化で、ビール棚からキリンビールを選ぶ確立を上げることができる)
 
・・・さて、AVに例えるならば後輩社員側(私もメンタリティ的にはこちら)は『性的に消費』(一番搾り!)されているわけです。
若者世代の反感を買ってキリンビールは大丈夫なのでしょうか。
そんなに説教した側の世代(おじさん、とあえて総称しますが)にこびる必要があったのでしょうか?

キリンビールの顧客は「先輩社員」であり、「後輩社員」ではない~ビールのボリュームゾーンは「50代以上」

ここでビールの現状を見てみましょう。
良く「若者のビール離れ」なんて言われてみますが、実際どの程度でしょうか。
少し古いですが、DBJのレポートが面白かったので貼っておきます。
 
酒類業界の現状と将来展望(国内市場) - 日本政策投資銀行
 
このDBJは新潟支店が作っているだけあり、清酒の考察が主になっていますが、
ビール含め酒類全体の傾向がわかって面白いです。

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上の図を見てもわかる通り・・・酒類全体が下がる中、ビールは消費量も構成比も減少傾向です。じゃあ、その減りつつあるビールを誰が飲んでいるのか・・・
で、年代別構成比が以下の表です。
(家飲みの消費量ですが、今回缶ビールのブランディング/マーケ話なのでこちらの数字で大枠あっているかと思います)

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50代以上(約70%!)が圧倒的に消費してますね。
20~40代をすべて合計(30.4%)しても、60代単体(27.2%)にちょっと競り勝つくらい。ほとんど日本の選挙みたいになってます。
 
つまりいくら後輩社員側の感情に肩入れする人が反感を覚えようが、
現状キリンビールとしては痛くもかゆくもないということです。
(まったく痛くないわけではありませんが、ことビールセグメントにおいては優先度が低いことになります)
であるがゆえに、性的搾取のように、パワハラの対象としてTV上で辱めても構わないと、50代以上の溜飲を下げる対象になっても構わない・・・とキリンビールは考えた。
正直誇張していますが、そういう風にとることができました。
 
じゃあ、今後のことも考えてそれでよかったのかという話です。
 

若者を無視してもいいけど、サントリーの事例を忘れてはいけない

ビールの今後はどうなるのでしょうか。
 
・ビールは消費量が減少している(上記表より)
・ビールの主要消費年代は50代以上(上記表より)
・ビールは、加齢後に消費量が増えることはない(仮説)
     ⇒(理由)水分量と糖質の多いビールの消費を、胃腸の弱った高年齢以降に増やすことは考えづらいため
 
ビールはいまの50代とともに衰退するジャンルである
 
この単純な予測から導き出される施策方向性は二つあります。
①「若い世代は捨てて、50代以上の消費を刈り取り続ける(何しろ市場規模が大きい)」
②「若い世代にビールを消費させて、顧客として育成する」
 
これは独立した選択肢ではなく、両立し得ることです。
ただし、①のほうがクイックヒットですぐに売り上げ増がみこめます。
50代以上に媚びてそこの消費を増やしたほうが圧倒的にROIが高い。
こんなところも選挙と一緒とは。
 
中長期的には②(若者にビールを気に入ってもらう施策)を実施していかねばならないところなのに、今回は大きくそれを損なってしまった。
 「インターネットは消しても残る」と言われます。
 かつてインターネットのない時代ですら、あるセグメントを中傷したことによって
サントリーは東北地方の売り上げを数十年にわたって毀損しています。
⇒東北熊襲発言 (wikipediaリンク)
 
人は自分の所属するコミュニティや価値観を中傷された際に、それを簡単に忘れることはありません。
 

最後に 

少なくとも、キリンビールはあの数秒の動画で
この先30年の若者シェア競争に余計な出遅れを喫してしまったと思います。
 
消費財マーケティングの世界というのは、非常に優秀な人が多いです。
いろいろ大げさなことも書きましたが、本当のところは
「キリンビールは飲み会の時間までも仕事熱心な会社だとアピールして、その熱血アピールに対する応援くらいは得られるだろう」程度の認識であの動画を世に問うたのだと思います。
別に若者をダシにしておじさんを満足させることが本義ではなかったかもしれません。
 
とはいえ、意図せざるところで起こるのが炎上であり、ある意味ではコミュニケーションチャンスであるともいえます。キリンビールがここからどのような巻き返しを図るのか、それともそもそも今回の件を問題とすら認識していないのか、今後が注目されるところです。
 
そして何より、いよいよ大好きなビールというジャンルが終わっていくのだということを再認識させられました。
 ビール市場を活性化すべく、今夜はよなよなエールでも買って帰りたいと思います。