イノベーションのロスタイム

新規事業創出に関わる30代中盤・元外資コンサルが、仕事とそれにからめた遊びの話をします。

キリンビールによる「おじさんのAV」パワハラ動画と、衰退するビール市場

先週くらいに一部話題になっていた以下のニュース。
 
おおまかな反応としては「パワハラ(説教に具体性がなく絞り上げるのみ)」「飲み会で仕事の話」といったものでした。
 
まず個人的な意見として、動画のキャプチャを見た限りでは「不快な飲み会だな」としか思いません。
私個人が、飲みながら業務の話をするのが嫌いというのもあります。「仕事論」自体は悪くないと思います。(語り方次第ですが・・・)
 
キャプチャで見る限り先輩の指摘も抽象的だし、なにより先輩から「後輩がうまくいかない理由を探す」「後輩のポテンシャルを引き出す」というコーチングの姿勢が見られないからです。
TVの尺の都合上、あまり長々と会話できないのもあると思いますが
それにしても見た者に配慮のない動画だなというのが第一印象です。
 
ではそんな炎上可能性の高い動画が世に出ることを、なぜキリンが許したのか・・というのがちょっとした違和感として残りました。

大企業がメディア上に出すイメージはコントロール下にある(一般的には)

この動画は「ガイアの夜明け」の一部だそうですが、
一般的に大企業がTVに数秒でも登場する場合にはマーケティングかまたはPR/広報のチェックが入ります。
 
何をチェックするかというと、以下のような点です。
「公知になっては行けない情報が出ていないか」
「ブランドを毀損するような編集になっていないか」
「新商品のPRに資する内容か」。。。などなど。
 
特に上場企業は、メディアに出る情報によって株価が大きく振れる以上
経営または販売や広報戦略と合致する、矛盾のないメディアコントロールが求められます。
 
意図しない炎上や、文春砲に代表される「すっぱ抜き記事」のような制御不能な情報が一定数ある以上、
自らコントロールできる部分には細心の注意を払っています。
社員が(社名を明示した形で)街頭インタビューで勝手に答えることすら許されません。
 
ということは、今回の動画は「キリンビールがチェックの上で出した」ものということになります。これが当初から感じていた違和感です。
 
「なぜキリンビールは、意図してあんな動画を世に出してしまったのか?」
「あの動画に込められた意図は何なのか?」
という問いかけになります。
 

あの動画の意図は、「おじさんのAV」として機能すること

あの動画のキモは何でしょうか。
「先輩社員が精神論で後輩社員をやりこめる」…そんな動画が、マーケティング上どんなターゲットに機能するのでしょうか。
当然「先輩社員」の方です。
正確に言えば、「先輩社員」のセンチメントを理解するターゲットと言っていいでしょう。
 
つまり、キリンビールにとっての上顧客は「先輩社員」に象徴されるセグメントであって
叱責される「後輩社員」ではない、ということです。
 
さらに先輩社員の言葉を見てみましょう。
 
「覚悟が足らん」
「できない、知らない、やだ……そんなやつにリーダーやってほしくない。だから厳しくしてる」
「お前どれだけやってるんや。やれや。できるやろ」

 まあ、言われたらその場で居酒屋立ち去るレベルですね笑。

でも実はよくできた台本なのではないか、という気すらします。
(実はあの先輩も「セリフを読まされていた」・・・?)
 
なぜなら、このセリフは「立場が上なら誰が言っても使える、汎用性の高い恫喝」だからです。
 
「成果が上がらないのは、お前がポテンシャルを発揮しきれていないからだ」(お前のほうに責任がある)
 
…このセリフ、先日のNHKの「インパール作戦」特集でも牟田口のセリフでありましたね。

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でもこの牟田口メソッド、大変万能なのです。
立場さえ上なら、何も知らなくても、何の分析も無くても有能な部下を叱り飛ばすことができる。
すなわち、TVを見た「先輩社員」に肩入れするすべての中高年男性(としておきます)が心の中で後輩を好き放題しかり飛ばしてすっきりできるように、あえて具体性が排除されている。
 
これってAVの設定に似てますよね。
視聴者の隠れた欲望を刺激できるよう、抽象化された設定で自分にも当てはまるかもしれないシチュエーションを作っているから。
 
ふだんは、やれコンプラだ、セクハラだ、パワハラだと言われて「ゆとり社員」とやらを叱り飛ばすことも難しい。
注意するにしても、しっかり上司側が「注意のファクト」「根拠」「成長方向性」などを考えながら、
一方的にではなく寄り添うようにして、聞き取るスタイルをとらなければならない(いや、当たり前のことなんですがね・・・)
 
「先輩社員」に代表されるおじさんは、面倒くせー時代になったなーと薄々思っている。
そこにこの動画。ものすごく一方的に、優位な若者をやり込める先輩社員の姿。
これで(精神的に)一発すっきりしてもらうことで、「溜飲を下げたスッキリ感」を「キリンビール」に重ね合わせることができる。
(⇒無意識化で、ビール棚からキリンビールを選ぶ確立を上げることができる)
 
・・・さて、AVに例えるならば後輩社員側(私もメンタリティ的にはこちら)は『性的に消費』(一番搾り!)されているわけです。
若者世代の反感を買ってキリンビールは大丈夫なのでしょうか。
そんなに説教した側の世代(おじさん、とあえて総称しますが)にこびる必要があったのでしょうか?

キリンビールの顧客は「先輩社員」であり、「後輩社員」ではない~ビールのボリュームゾーンは「50代以上」

ここでビールの現状を見てみましょう。
良く「若者のビール離れ」なんて言われてみますが、実際どの程度でしょうか。
少し古いですが、DBJのレポートが面白かったので貼っておきます。
 
酒類業界の現状と将来展望(国内市場) - 日本政策投資銀行
 
このDBJは新潟支店が作っているだけあり、清酒の考察が主になっていますが、
ビール含め酒類全体の傾向がわかって面白いです。

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上の図を見てもわかる通り・・・酒類全体が下がる中、ビールは消費量も構成比も減少傾向です。じゃあ、その減りつつあるビールを誰が飲んでいるのか・・・
で、年代別構成比が以下の表です。
(家飲みの消費量ですが、今回缶ビールのブランディング/マーケ話なのでこちらの数字で大枠あっているかと思います)

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50代以上(約70%!)が圧倒的に消費してますね。
20~40代をすべて合計(30.4%)しても、60代単体(27.2%)にちょっと競り勝つくらい。ほとんど日本の選挙みたいになってます。
 
つまりいくら後輩社員側の感情に肩入れする人が反感を覚えようが、
現状キリンビールとしては痛くもかゆくもないということです。
(まったく痛くないわけではありませんが、ことビールセグメントにおいては優先度が低いことになります)
であるがゆえに、性的搾取のように、パワハラの対象としてTV上で辱めても構わないと、50代以上の溜飲を下げる対象になっても構わない・・・とキリンビールは考えた。
正直誇張していますが、そういう風にとることができました。
 
じゃあ、今後のことも考えてそれでよかったのかという話です。
 

若者を無視してもいいけど、サントリーの事例を忘れてはいけない

ビールの今後はどうなるのでしょうか。
 
・ビールは消費量が減少している(上記表より)
・ビールの主要消費年代は50代以上(上記表より)
・ビールは、加齢後に消費量が増えることはない(仮説)
     ⇒(理由)水分量と糖質の多いビールの消費を、胃腸の弱った高年齢以降に増やすことは考えづらいため
 
ビールはいまの50代とともに衰退するジャンルである
 
この単純な予測から導き出される施策方向性は二つあります。
①「若い世代は捨てて、50代以上の消費を刈り取り続ける(何しろ市場規模が大きい)」
②「若い世代にビールを消費させて、顧客として育成する」
 
これは独立した選択肢ではなく、両立し得ることです。
ただし、①のほうがクイックヒットですぐに売り上げ増がみこめます。
50代以上に媚びてそこの消費を増やしたほうが圧倒的にROIが高い。
こんなところも選挙と一緒とは。
 
中長期的には②(若者にビールを気に入ってもらう施策)を実施していかねばならないところなのに、今回は大きくそれを損なってしまった。
 「インターネットは消しても残る」と言われます。
 かつてインターネットのない時代ですら、あるセグメントを中傷したことによって
サントリーは東北地方の売り上げを数十年にわたって毀損しています。
⇒東北熊襲発言 (wikipediaリンク)
 
人は自分の所属するコミュニティや価値観を中傷された際に、それを簡単に忘れることはありません。
 

最後に 

少なくとも、キリンビールはあの数秒の動画で
この先30年の若者シェア競争に余計な出遅れを喫してしまったと思います。
 
消費財マーケティングの世界というのは、非常に優秀な人が多いです。
いろいろ大げさなことも書きましたが、本当のところは
「キリンビールは飲み会の時間までも仕事熱心な会社だとアピールして、その熱血アピールに対する応援くらいは得られるだろう」程度の認識であの動画を世に問うたのだと思います。
別に若者をダシにしておじさんを満足させることが本義ではなかったかもしれません。
 
とはいえ、意図せざるところで起こるのが炎上であり、ある意味ではコミュニケーションチャンスであるともいえます。キリンビールがここからどのような巻き返しを図るのか、それともそもそも今回の件を問題とすら認識していないのか、今後が注目されるところです。
 
そして何より、いよいよ大好きなビールというジャンルが終わっていくのだということを再認識させられました。
 ビール市場を活性化すべく、今夜はよなよなエールでも買って帰りたいと思います。
  

 

経験不足に悩むコンサル初心者(私)に、先輩は「聞けばいーじゃん」と言った

「コンサルならわかるでしょ」「知ってるでしょ」
というのは、コンサルタントに従事する人間ならだれもが聞く言葉かもしれない。
 
実際のところ、森羅万象に答が出せるコンサルタントは(おそらくは)存在しないし、
そもそもコンサルタントの付加価値は知識や経を単純に切り売りするところにはない。
最低限のインプットで顧客と「一緒に考える」、そのうえで顧客の期待を超えることが全てなのだ。
 
「プロジェクトで扱ったことのある業界のことなら知っているでしょ」というのも、正確ではない。
 
コンサルタントは確かに、短期間で大量のインプットを行う。
そのプロジェクトに関連する産業のことなら、最初の2日目くらいまでに頭にざっと入れてしまうからだ。
 
でもそれは当たり前だけど、自分が担当したプロジェクトの、自分が担当した部分でしかない。
 
たとえば自動車業界をやってましたと言っても、
その人が調達部門のモジュールを担当したのか、
技術職の人事制度を担当したのか、
M&Aのために周辺業界を調べまくったのかでまったく業務内容は異なる。
極端な話、自動車チーム同士でもスキルマップを描けば驚くほど分散するのだ。
 
それくらい、コンサルの知識や経験は偏っている。
 
以前は、このように知識や経験がまだらであることが許せなかった時期がある。
ある業界の知識がすっぽりないことで、ホワイトボードの前で立ち尽くしたり。
お客さんから(この人、こんな技術トレンドも知らないで本当に『コンサル』なのか・・・?)という顔をされたり。
そういう状況から何とか脱したいと思っていた。
 
全てを知り、すべてに答えが出せるコンサルなどこの世に存在しようがないことはもちろん知っていた。
だがそこに迫っていくことがコンサルなのだという(半ば中二病的にヒロイックな)決意を抱いていた。
 
その悩みを吹き飛ばしたのが、ある先輩の一言だった。
 
ある日、私は先輩に悩みのような、独り言のような一言をぶつけた。
「いくら経験を積んでも、コンサルなのに知らないことやわからないことばっかりなんですよ」
 
そんなの当然だよ、ゆっくり経験積めばいいよみたいな答えをなんとなく想像していると
先輩は何言ってんだこいつ、みたいな顔で私を見た。
 
「知らなきゃ聞けばいーじゃん」
彼はそう答えた。私は虚を突かれた。
「お客さんの前だろうが、後輩の前だろうが、知らないことあれば目の前の人に聞けばいーじゃん」
彼は、何がそんなに悩みなの?みたいな不思議そうな顔をしている。
 
知らないことは聞けばいい…そりゃあ、まあたしかにそうです。
私は虚を突かれた格好で立ちすくんだ。
あげく、なんとも恥ずかしい返しをしてしまった。
「そうなんですが、知らないこと聞いてばっかりだとあまりにバカっぽいというか。。。」
 
先輩の顔からどんどん表情が消えていく。
「だって俺らには、聞き出す技術があるじゃん」
 
「単なるバカ質問じゃなくてさ、
仮説ぶつけて聞き出すヒアリングをいっつもしてるじゃん」
「その中で知らない単語やら出来てもみんな堂々としてるよね」
 
「仮説を検証する質問をしまくるのは仕事なわけだし、
そのついでに基本的なことを聞こうが、それがバカっぽいはずもないじゃん」
「だから遠慮なく聞けばいーじゃん、って言ってんの」
 
あー、としか言えず立ちすくむ私に先輩は畳みかけました。
 
「つーかバカに見えるとか気にする時点でおかしいよね。
業界数十年の人からすれば、俺らの知見やら初期仮説なんて頓珍漢でバカっぽいだと思うよ
でもそれが売りなわけじゃん」
「いろんな業界で仮説作りまくって、検証しまくった俺らが質問ぶつけまくることも価値だよ」
「バカと思われようが、プロジェクト期間中に価値がでりゃいんだよ。
「お前のバカに思われたくないなんて自意識なんか一円にもならないだよ」
悩みですらねーよそんなの」
「『バカに思われたくない』なんて言葉が出てくる時点で、
もうクライアントファーストじゃないんだよ。
そんなこと考えてるひまあったら、一個でも多くQAリスト作ってお客さんと立ち話でもして来いよ」
 
…ほかにもいろいろ言われた気もするけど、今覚えているのはこれくらいです。
何というか、すべてが正論で、自分が何にも気づけていなかったことを痛感。
 
中途で入るコンサルほど、自分の経験を活かさなければ…と苦闘してしまいます。
いまある経験や知識を活用することはもちろん大事です。
ただ、ありものの知識にこだわっても価値につながるとは限りません。
(中途がプロパーコンサルから「unlearn(学びを忘却)しろ」と言われるのと同じです)
 
目の前のお客さんから課題を引き出し、ともに考察する姿勢とテクニックがコンサルの売り物でもあります。
そんな基本的なことを、先輩の「聞けばいーじゃん」(あきれ顔)というセリフが実感させてくれました。
 
という、中途コンサル1年目の思い出でした。
書いてると恥ずかしくもありますが、先輩の言葉を野に放つためにも書いてよかったかな、という気もします。
 
※コンサルタントの聞く技術については別途書きたいですが、
まずはBCG内田さんの「仮説思考」が入門の入門としてよいと思います。

 

仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法

仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法

 

 入門といっても簡単という意味ではありません。

入り口としての敷居が低く、かつ仮説思考の有用さと実戦で使うことの難しさまでも触れているコンパクトな名著だと思います。
 

映画「アメリカン・スナイパー」感想~究極の会社員映画

 

最初に感想を言うと、会社員であることの幸福と悲劇が余すことなく描かれていました。

いま会社に身を置いている人もそうですが、これから会社を選び、しばらくの人生をそこで過ごそうと考えている学生の方々にもおすすめです。

「アメリカン・スナイパー」のあらすじ

アメリカの片田舎で荒くれものをしていた若者が、911をきっかけに海兵隊に入隊する。
彼はそこで、スナイパーとしての才能を開花させる。

スナイパーの仕事は、最前線で自国民を敵から守るものであり、それは彼が幼少から父に叩き込まれたカウボーイの思想にもかなっていた。それは「女子どもを狼から守れ」という言葉だ。
しかし彼がその才能を発揮すればするほど、国民の英雄になればなるほど、彼はその矛盾に悩まされることになる。
なぜなら、自国民のカウボーイであろうとスナイパーの仕事をすることは、前線でゲリラ的に襲いかかる「敵国の女子ども」を標的にすることを意味し、自分こそが恐ろしい狼になってしまうからだ。
そんな中、敵国の最強スナイパーとの対決が迫ってくる・・・

 

組織に最適化することの幸福と悲劇

主人公にはスナイパーの才能があった。しかしその射撃の才能は、民間の会社やフリーランスでは活かされないし、名誉も得られないでしょう。
彼の「遠くにいる人の頭をピンポイントで撃ち抜ける」という才能は、アメリカ軍という巨大な看板や資源や権限のもとでこそ存在を許され、フルに活かされる。

そして賞賛と報酬を得ることができる。

もし彼が米軍を辞めたら、彼はただのナンパとケンカが好きなニートになってしまう。彼はそれを痛感しているから、組織を離れるという決断がなかなか下せない。これは彼にとって悲劇といえます。

つまり彼は、大組織の中に身を置いてこそ才能を発揮する喜びと、多くの人からの承認を得られる仕組みの中にいるが、そこにロックインされている
彼がライフルの腕をあげ、海軍というコミュニティに自らを最適化すればするほど、彼はその仕組みから離れられなくなっていく。

そこには彼にしか味わえない幸福と、彼ゆえに抜けられない不自由の構造がある。


彼の幸福はそんな形をしている。

幸福のかたちと所属組織

もちろんその逆の人もいるでしょうね。
たった一人で絵を完成させる芸術家たち。
誰の意見も聞かず、己の野心と美学でプロダクトを書き上げる面々。
彼らの幸福は、一人で真っ白な対象と向き合うことでこそ浮かび上がる。
組織などというハコを必要としないし、むしろ組織によってスポイルされてしまうような、そんな運命の下に生まれたような人たちもいる。

どちらがいいとか悪いという話ではありません。

それぞれの幸福のかたちを追い求めていく過程で、組織という手段を必要とするのか、それを活用できるのか、といった分かれ目があるにすぎないからです。

 

だから、たまに発生するフリーランスと会社員のどちらがいいか論争も、この観点からすれば本当に不毛だとわかります。
勝利条件の違うもの同士が、どちらが幸せだのQOLが高いだの社畜で不幸だの言い張っても、比較もできないし比較から得る示唆もないからです。

そんなことより、自分にとって幸福がどんな形をしているのかを考える方がよっぽど大事です。
映画ラストの対決でも、その点は強調されます。

ライフルのスコープ越しに見える、その人だけの目標

終盤、最強のライバル、シリア人のムスタファとの戦闘。
周囲の誰もがムスタファなんかいないと言い張るなか、主人公はスコープ内のぼんやりした揺らぎを見つめながら「いる」と言い張ります。そしてその判断にすべてをかけて勝負に挑むのです。

我々には見えていない景色と標的が、彼には見えていた。蜃気楼でしかない色の歪みも、彼が見れば「誰の反対を押し切ってでも、狙い撃つべき標的」であった。

・・・ここから何を感じたか。

戦っていない人間が、戦っている人の見える景色を論評することは無意味だということです。
外野である我々からは何も見えなかったとしても、戦闘態勢をとっているその人のスコープには、その人が狙うべき標的が見えているかもしれないからです。

 

我々は他人の幸福を評価できないし、すべきではない、とも言えます。
そんなことより、自分のライフルをしっかり構えた方がいい。自分がそもそも何を狙っているか考えたほうが生産的でしょう。

 

会社員と就活生におすすめ

以上のように、この映画は「個人にとって幸福とは何か」「個人と組織のあるべき関係とは」という、普遍的な問いをぶつけてきます。
当然、イーストウッドも安易にどれがいいという描き方はしません。
それゆえ、見た我々がいまの身を振り返って自由に想像できる余地があります。

そんな器の広い映画でした。

 

 

仕事の合間に、就活の合間の映画におすすめです。

それではまた・・・

kensho

※仕事映画といえば、こちらもおすすめです。「ナイトクローラー」の主人公は、ある意味で自分の幸福感にまったく疑いのない(それゆえにサイコパスな)人物です。

そんな彼の怒涛の活躍を目撃してみてください。

 

innovation-losstime.hatenablog.com

 

新規事業をざっと把握できるおススメ本(新規事業担当者向け)

新規事業の検討が増えている

新規事業の検討をお手伝いすることが、ここ数年で飛躍的に増えてきました。
ベンチャー企業が増加していてそのお手伝いを、というよりは
いわゆるレガシー企業が「新たに何かやらなくては!」と検討を開始されるケースです。
規模は大企業から零細まで、場所も東京から地方の郡部までと本当に様々です。
 
背景にあるのは、既存事業(コア事業)の伸び悩みであったり、
既存事業そのものは現状順調であるが10年後の外部環境を見据えると不安…という場合のいずれかに分類されます。
(本当は、伸び悩む前にご相談いただきたいこともあるのですが、まあそこはご縁ですから・・・)
 

「新規事業がざっとわかる本」を求める若手の方

で、プロジェクトとなると経営企画部かそれに準ずる部署の部長クラスと若手(入社3~5年目くらい)、というチームが配置されます。
そして若手の方が事務局とか社内調整をご担当されるわけですね。
経営企画部で新規事業プロジェクトにも声がかかっているわけですから、当然優秀なわけです。ディスカッションのまとめも見事ですし、どこまでを社内で進め、どこまでを我々外部に任せるかの線引きもきちんと判断されます。
※昨今新人の質が下がっているなど言われがちですが、若い層の「上澄み」のレベルは年々飛躍的に上がっているというのが正直なところです。。。このあたりの現象は改めて別の機会にまとめたいですね。
 
 さてそんな優秀な若手層の方から「新規事業の進め方をざっくり学べるような本とかサイトありますか?」という質問をよく頂くことがあります。(本当、勉強熱心)
 
そこで「自分(kensho)が読んで良書と思って薦めて、かつ先方からも『良かったです』とフィードバックがあった書籍」を以下で紹介します。
 

新規事業をざっと把握できる3冊

■新規事業・成功の<教科書>

 

新規事業・成功の<教科書>―200社以上に命を吹き込んだプロ中のプロが教える

新規事業・成功の<教科書>―200社以上に命を吹き込んだプロ中のプロが教える

 

 【この本の良い点】企業内で新規事業を考える際の懸念点が網羅されている

→とくに組織設計に関する考え方は非常に丁寧です。

新規事業専門部署の設立から、そのPLの位置けまできちんと解説されています。

「新規事業のために立ち上げた部署が、トップに守られず反対派によってスポイルされてしまう」といった(悲しい)あるあるにも触れつつ、ではどうしたら良いのかが実感を持って書かれています。

→新規事業のプロジェクトにいきなり任命された若手の方も、これを読んで「心が楽になった」と言っていました。おそらく、著者の方の見守るような人柄がうっすら伝わるからではないでしょうか(もちろん、心が楽になるだけでなくて実際にためにもなりますよ!)

 

■オープンイノベーションの教科書(やや大企業の方向け)

 

オープン・イノベーションの教科書

オープン・イノベーションの教科書

 

【この本の良い点】明解なプロセス解説

ややバズワード化しつつあるオープンイノベーション。

そこそこのサイズの企業になってくると「うちもオープンイノベーションを検討せよ」という超ふわっとした指示が降りてくることがあります。(その是非はここでは問いません…)

じゃあオープンイノベーションとやらを検討することになった若手は途方に暮れるわけですね。「検討ったって、いったい何をどうすればいいんだ…」と。

この書籍は、「オープンイノベーションはどのようなプロセスで進めるべきか、なぜその順序で進めるべきか、何に気を付けて進めるべきか」がきちんと整理されています。

具体的には

①「社外に求める技術選定」(技術ニーズの棚卸と優先順位付与→求めることの明確化)

⇒②技術探索⇒③技術評価⇒④技術の取り込み(第3社の活用や戦略の落とし込みまで)

という感じです。
特に③の技術評価の記述とか細かくて面白いですよ。
「評価が難しい場合は相手の力量を試す質問をすべし」とかあって、その際のキークエスチョンの例までかかれています笑
自社の上層部が「オープンイノベーション云々」言い出していたら、この本を熟読しておくと若手でも場を支配できると思いますよ!
 
■ビジネスモデル・ジェネレーション(内容というか、フレームワークを使います)
ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書

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  • 出版社/メーカー: 翔泳社
  • 発売日: 2013/10/03
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【この本の良い点】使い勝手最強レベルのフレームワーク

定番ですね。

これに出てくる「ビジネスモデル・キャンバス」は何だかんだよく出来たフレームワークだと思います。新規事業の需要な要素を網羅しているという意味で。

穴埋めだけでビジネスモデルがいったん出来上がるという簡便さも魅力です。(しかし、その穴埋めこそ一番頭に汗をかくところだったりします)

新規事業でワークショップやりましょうとなったら、結構このフレームワークを使います。

そしてそのA41枚を埋めていただく際に、日ごろ物を考える癖のある無しがだだ漏れになってしまう残酷なツールでもあります笑

適当に参加している部長さんよりも、真剣に事業に取り組んでいる若手のほうが、詳細かつ具体的な(そして経営側に腹落ちしやすい)キャンバスを書いたりします。

ワークショップだけに参加して、ものすごいポテンシャルを発揮した若手が、いきなりプロジェクトに組み込まれたこともあります。

それくらい、事業の良しあしの判定にも使えますし、使う人の力量がはっきりするツールですね。

(書籍は買わなくても、「ビジネスモデル・キャンバス」で検索すれば解説サイトがたくさんあるのでそれを見ればいいと思います)

 

さてとりあえず三冊紹介しましたが、どちらかというと企業内新規事業(Corporate Venturing)のご担当者向けな感じですね。

これ以外にもいろいろありますので折をみて紹介します。

とはいえ、新規事業なんて手を動かしてナンボの世界。あまり予習しすぎてもいけないのでこの3冊ぱらっと読むくらいでいいと思います。

 

それではまた・・・

kensho

 ↓こちらもおすすめ。

innovation-losstime.hatenablog.com

 

コンサルが速読できるシンプルな理由

コンサルやる前から、速読術には結構お金と時間を使ってきたんですよ。

ただ、コンサルという仕事をしたら、「速読術のカラクリ」みたいなものがわかってきたので解説します。

 

「コンサルはなぜ速読できるのか」答えは単純で、先に言っとくと「速読の正体は仮説検証であり、コンサルはそれに慣れてるから」です。

 

速読本が共通して言ってること

これまであらゆる速読本を読み漁り、フォトリーディングのセミナーにも参加しました。

 

[新版]あなたもいままでの10倍速く本が読める

[新版]あなたもいままでの10倍速く本が読める

  • 作者: ポール R.シーリィ,神田昌典,井上久美
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2009/11/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 7人 クリック: 63回
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↑速読本の原点であり、よくも悪くもこれ一冊でいい速読術へのアプローチ紹介本です。

 この本のヒットの前後にも速読本はあったし、これからも形を変えてあれこれ出てくるでしょう。

でも基本、速読本が言ってることはおよそ以下のようなことです。

 

  • 全部読むな、読みたい箇所だけ読め
  • 読みたい箇所とは、事前に知りたいことや興味を持っていることについて書いてある箇所のことだ
  • 一度で読みきるな。何度も読め(接触頻度を増せ)
  • 内容は無理に記憶しなくていい。気になった箇所と全体の構成だけなんとなく印象が残ればよい

 

…これって要するに、「仮説検証をその本でやれ」と言ってるだけですよね。

速読の正体は「仮説の有無」

つまり速読とは、事前に立てた予想や仮説について、高速に検証、確認している読書の一スタイルにすぎません。

  • 「日頃からこんな疑問があって、こういう答えなんじゃないかと思ってるんだけど、このタイトルの本なら何かヒントが書いてそうだな」
  • 「目次見ると、第3章に書いてそうだな」
  • (該当箇所読んだあと)だいたい考えてた通りだったなーでも理由付けが思ってたんと違うな。一応前後の章も軽く目を通すかー
  • (前後の章を少し確認後)なるほどね、そういうこと背景がこの問題にはあったのね。うん、読んで良かった!(読書終わり)

これはやや単純化しすぎですが、いわゆる速読というのは上記なような姿をしてます。すなわち、「こんなことが書いてるんだろうなー」という仮説思考です。

これとは逆に「なんか知らんけど面白そうやなー」くらいの姿勢で読書に望んでも、事前仮説がなくてベターっと頭からだらだら読むから時間がかかるんですね。

仮説を持たずに臨む読書や人との会話は、どんなに瞬間的に楽しくても何も自分に残らない・・・つるっとしてるんですね。新しい知識や考え方が滑っていくイメージ。

 

でも、浅いものでも仮説を準備しとくと、それが当たっても外れても本の内容が印象に残ります。

たとえ浅い仮説(自分なりの根拠づけもあやふやな仮説)であっても、「きっとこうではないか?」という頭で臨む読書はなんらかの知識や新たなる仮説を引き付けます。なので僕は「仮説思考とは頭が粘着質になっている状態」とたとえています。トリモチみたいに、動き回るたびにいろいろぺたぺたくっついてくる状態ですね。

 

だから仮説ドリブンの読書=速読って、すごく時間の費用対効果がいいと思います。

多くの速読本が手を変え品を変えて仮説思考を持てと言ってるのはそういう理由があるからと思います。

上記のフォトリーディングの本も「問いを持ってぱらぱら流し読みせよ」という章があるのですが、同じことを言ってるなと思うようになりました。

そういう意味で速読本はいわゆる「モテ本」と同じ構造かもしれません。同じ事(聞き上手になれ!とか)をいろいろ変奏してるだけという意味で。

とりあえず、速読のトリックは単なる仮説検証だよという話でした。

 

仮説思考―BCG流 問題発見・解決の発想法

仮説思考―BCG流 問題発見・解決の発想法

 

↑仮説思考って何?という人にとって最強の入門本です。内田本はコンサル本のなかでも中道というか、汎用性が高いものが多い気がします。

 

以下は余談です。

 

あくまでも、数ある読書方法のひとつであることには注意

最後に補足ですけどね…ここまで速読語っておいてなんですけど、こんなの本当にただのテクニックなんです。必要なときに必要な部分だけをつまみ読みして、それを速読と言い張っているだけです。皆さんも雑誌やらまとめサイトをざざっと眺めてるとき、同じ事を無意識にしてると思います。

 

読書には、何十年をかけて古典を味わう読み方もあれば、コンサルや立花隆みたいに短期間で関連本を広く浅く読んで仮説を作ったり修正したりする読み方もあります。

 

読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 (文春e-book)

読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 (文春e-book)

 

 どれが正解というものはありません。

例えば私は西脇順三郎の詩が凄く好きなんですが、もう何十年も同じ詩集を、活字の一文字一文字を愛でるように読み返してます。そこには効率性も仮説もありません。活字に浸る時間があるだけです。 

西脇順三郎詩集 (岩波文庫 緑130-1)

西脇順三郎詩集 (岩波文庫 緑130-1)

 

 また、仮説ベースで読むといったって、そもそも初めて読む分野の書籍などは、「検証すべき論点そのものを知る段階」だったりします。そんな時は自分のなかに妙な予断を持たずに読んだほうがいい時もある。

 

いろんな読み方があっていいと思います。一ページ読んで本棚に戻そうが、一生かけてなめるように全文を読もうが自由なんです。

 

一番良くないのは、学校の国語教育の弊害かもしれないのですが「本は頭から最後まで読んで、内容をそれなりに頭にいれておくべき」という一種類の読み方にとらわれていることです。

速読は本への冒涜と思っている人もいます。

 

「こうしなければならない」と思っているときに、人の脳は萎縮していいパフォーマンスが出せなくなると思っています。

今回はそんな人むけに、いろんな読み方があるよ、速読だろうと遅読だろうと、目的に合わせて好きに選べばいいよ、そして速読は大したものではなくて単なる仮説検証だよーということが言いたくてつい気持ちが入ってしまいました。

 

という訳で、なんかおもいっきり話が脱線した気がしますが、また後日。

カズレーザーの強い知的好奇心が見えた数秒

この間ロンハーで「カズレーザーがいい人」であることを検証するドッキリが行われていました。
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企画の意図通り、「タクシー運転手に何を聞かれてもフレンドリーに答える」とか「飲み会で一般人から一緒に飲もうと誘われても断らない」とか「交流のない先輩から借金を持ちかけられても快諾する」など、いい人というか、彼の素直さが浮かび上がるものでした。

ただ、私が反応したのはもっと別の場所でした。「この人(カズレーザー)って、本当に知的好奇心が強いんだな」と思わされた会話がありました。

 カズレーザーの些細な一言

会話の状況はこうです。

・飲み会のさなかに、知らない会社員グループ(仕掛人)から一緒に飲もうと誘われる。

・それを快諾するカズレーザー、同じ席に座りながら上司らしき人と会話を始める

 

カズ「皆さんの会社はどんなお仕事されてるんですか?」

上司「医療機器を海外から輸入してるんですよ」

 

…ここまではまあ、普通の会話ですよね。

普通なら、ここで「そうなんですねー」で終わってもいいわけです。

 

しかしカズレーザーは続けます。

 

カズ「医療機器ってどんなものですか?」

上司「…有名なものだとMRIとか、レントゲンとかですね」

カズ「そういうのって、海外から輸入するものなんですねー」

上司「ほとんどは輸入ですよ」

カズ「そうなんですね!

 

…一つ目の、医療機器どんなものか詳しく聞くのはまだわかります。

二つ目は「販路に関する感想」です。

この感想がパッと出たのを見て、ああ、この人は本当に知的好奇心が強い、知識欲の旺盛な人なんだなと思いました。

おそらく彼のなかの常識では「医療機器のような精密機械は日本製が強い」というざっくりしたものだったのでしょうけど、上司の人が言ったことが少し異なるから、それが意外だったと感想をぶつけているんですね。

大抵の場合、医療関係者でもなければ医療機器が国産だろうが海外産だろうがどっちでもいい、関心がないと思いませんか?

だけどカズレーザーはそれを「へーそうなんだー」で終わらせずに、反射的に掘り下げているんですね。

 

 小さな違和感を、見逃さない好奇心

これは、普段から読書をしたり、いろいろなものに興味を持っている人の特徴だと思います。

何かを新しく知ったときに「あ、不思議だな」「あれ、何かヘンだな」と感じる。

その小さな違和感を逃さずに、すぐに確認したくなる

それを熱いうちに=関心があるうちに確認することで、新たな発見や知らないモノの見方が手に入ることを経験的に知っているからですね。

そういえば某コンサルのパートナーは、何かある度にマメに辞書を引いてましたけど、カズレーザーの即レスはあの感じに近いです。

 

カズレーザーのセリフ自体はごく普通の会話の流れに見えますし、相手に話を合わせる気遣いの質問ともとれます。

ですが、会話を合わせるだけならこの上司の趣味やら好きなテレビやらでいくらでも話は広げられるでしょう。何しろ芸人さんですから、接待トークなんてお手のものです。

なのに、「医療機器を海外から輸入している」なんていうほとんどの人が通りすぎてしまう情報にに反応してるところがスゴいのです。

どんなことでも知っておこうという、知的好奇心が強い人特有の振る舞いですね。

 

彼がアメトーク「読書芸人」に選ばれるのも分かる気がします。ファッションではなく、本当に読んだり、知ったりすることで世界観が変わったり、自分の常識が少し変わったりすることを楽しんでいるのでしょう。

 

ドッキリ番組の、ほんの数秒の会話でしたが、彼の知的水準の高さが伺えたエピソードでした。

おそらくですけど、カズレーザーは物凄くコンサルにも向いている人だと思います。

 

→そんなカズレーザーがコンサルに向いてる理由はこちら

次の登場も楽しみですね!

映画「ナイトクローラー」感想~意識高い系の行き着く先は。

意識高い人を嘲笑うかのような映画です。

この映画の主人公は、分かりやすいほどのサイコパスです。

「仕事は責任を持って遂行すべき」
「ライバルは排除すべき」
「会社は利益を追求し、つねに規模拡大を志向すべき」…
言ってることの一つ一つは、さほど変なことを言ってないんですね。

行動原理は間違ってないのに、その結果は鬼畜の所業になってしまっている。

主人公は努力家で、「自分はこれらをビジネス・セミナーで学んだ」と力説します。
いわば、「意識高い人」です。

でも意識高い行動を積み重ねると、そこにはライバルの事故死体や不法侵入や、事実の捏造、窃盗、セクハラが積み重なっていく。
面白い逆接だな、と思います。

まるで、今も自己啓発だのに必死になる我々の行き着く先がこうだと言われているような、そこはかとない不気味さがあります。

世の中のビジネスマンは、主人公の成り上がりストーリーに多少は共感するはずです。
そこには、結果への飽くなき努力と追求、そして分かりやすい成功が描かれているから。
そして共感すると同時に、居心地の悪さを感じるでしょう。
そこには他人を省みずに成功を求めることのグロテスクな結果が横たわっているからです。自分もどこかで、無自覚にこんなことをしでかしているのでは?と思わされるからです。

この矛盾をうっすらと感じるからこそ、この映画を観る働き手は、主人公をクズだとバカにすることも、尊敬することも出来ない宙吊りを味わいます。

 

極めて現代的な主人公設定と言えるでしょう。
島耕作なんか読んでるよりも、よほど今のサラリーマン、フリーランスの生きづらさと居心地の悪さ、そして自らの意思で状況を打開するサバイバルの面白さを描いていると思います。

意識高い自分を笑い飛ばせる、ビジネスパーソン映画です。
コンサルみたいなプロフェッショナル職の人や、フリーランスで生き抜こうとしてる人には必ず刺さる何かがあるはずです!

 

ナイトクローラー(字幕版)

ナイトクローラー(字幕版)

 

 ↑私はAmazonビデオで仕事の合間にサクッと見ました!

 

(おまけ)
そして画面全体を支配する、アメリカの美しい夜の描写だけでも見る価値ありです。


『ナイトクローラー』特別映像


このオープニング観た瞬間に、「これは絶対に面白いヤツ!」という予感があり、まさにその通りでした。